「私は、余りラブ・ホテルが好きになれなかった。(中略)入る時はよくても、出る時には人目を気にして、二人、別々に出るというのがいやだった。部屋に太陽が入ってこないというのも、まるで、悪いことをしているのだぞ、と誰かに言われているようでいやだった。けばけばしいネオンや、ゴテゴテした室内装飾もいやだった。でも私たちの入った部屋は、ラブ・ホテルにしては珍しいくらいにシンプルなつくりで、回転ベッドでも、鏡張りでもなかった。」
1980年に出版された小説「なんとなく、クリスタル」(田中康夫著)には、そんな一節があります。実在のブランドやスポットが随所に散りばめられたこの小説の中に、ホテル六本木は登場します。主人公はディスコで出会った男と六本木界隈でデートをし、その最後にホテル六本木を訪れます。
その際、よくあるラブホテルとは違った洗練されたマンション風のつくりに主人公は少し驚くのですが、その場面にあるのが上記の一説なのです。
1980年頃のラブホテルは、風営法改正前のいわば「回転ベッド全盛期」といっても良いような時期でありました。そんな折に、洗練されたカルチャーやデザインを求める東京の若者達(通称:クリスタル族)は、それへの嫌悪感を感じ始めていたのです。
この小説は100万部を超えるベストセラーになりました。そしてこの若者達の価値観が日本中に広まることとなりました。ラブホテルから回転ベッドが減少している要因は様々ありますが、この小説の影響というのも多少はあるのかもしれませんね。
ホテル六本木は現在改装され、より洗練されたインテリアとなり、六本木の夜を支えています。